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【ネタバレあり】伊坂幸太郎「アヒルと鴨のコインロッカー」の感想。

     

27410785304_f847676e28photo credit: Ducklings via photopin (license)

伊坂幸太郎のアヒルと鴨のコインロッカーの感想です!

インパクト大のオープニング

「一緒に本屋を襲わないか」
物語の冒頭、椎名が河崎から言われた言葉。
実はこのセリフ自体は本を読む前から知っていました。
この作品の謳い文句としてよく見聞きしていたので、事前情報はある程度あったのですが、実際に読んでみるとやっぱり意味が分からない。
しかし、物語の頭からこのようにインパクトのあるセリフと、この後実際に2人は本屋を襲撃するというストーリー展開によって、最初から一気に引き込まれたのです。
小説の中にはある程度話が進まないとその世界観に入り込めないものも多い中、この作品は冒頭からどっぷり浸かっていました。
出会ったばかりの2人が本屋を襲撃して広辞苑を盗み出す、という設定は何が何だか分からないですが、椎名のリアルな心情描写や河崎の飄々かつ淡々とした雰囲気に魅了され、突拍子もない話にも馴染むことができます。

現在と過去の物語が同時進行

この作品は現在と過去の物語が同時進行で進んでいきます。
現在は冒頭一緒に本屋を襲った椎名と河崎、ペットショップ店長の麗子が主な登場人物。
過去には河崎のほか、琴美とその恋人、ブータン人のドルジの3人が軸となり、麗子も要所要所で登場します。
河崎という現在と過去の共通の登場人物が、どんな風に2つの物語を繋いでいるのか考えながら話は進みます。
時折、現在と過去で共通のセリフが出てくることもあり、それが何とも粋。
現在と過去で河崎が言った「呼び捨てにすると、親しく聞こえるだろ」、琴美と現在の河崎が言った「生きるのを楽しむコツは2つだけ、クラクションを鳴らさないことと細かいことを気にしないこと」など。
ふとした会話の中で出てくるセリフで読者をぐっと引き付けるのは、いかにも伊坂幸太郎らしいです。
2つの物語の共通点を見つけながらも、全体としての核心が見えてこないため、話が進むほどどんどん引き込まれました。

3人のちょっと変わった関係

現在と過去の物語が同時に進んでいく中で、読んでいて面白いなあと思ったのは、過去の登場人物3人のちょっと変わった関係性です。
実は琴美と河崎は元恋人同士、要するに現彼氏と元彼氏を含めた3人。
ブータン人は恋愛には寛容ということもあり、ドルジと河崎は仲が良さそうで見ていてなんだか面白いなあと思ってしまいました。
「人を慰めるような、告発するような、不思議な声だろ。あれが神様の声だよ」と河崎が3人の共通項であるボブ・ディランの声を形容したり、穏やかで優しいドルジと琴美の会話や、琴美と河崎が遠巻きながらも互いの悩みを感じとる関係性など、3人の描写は独特。
一般的に現彼氏と元彼氏の関係性は、あまり近しいものにはならないのではと思う中、3人の関係性はちょっと変わっていてほっこりしました。

物語終盤のどんでん返し

現在と過去、2つの物語の関係が明らかになる終盤。
予想だにしなかった結末に、読みながら本当に「ええ!?」と声を出してしまいました。
実は現在の河崎=過去のドルジ、という事実にもう何がなんだかという状態。
大抵、1度読んだだけの小説はあまり内容を記憶していないものなのですが、この作品に限ってはインパクトが強すぎて結末だけ際立って覚えているくらいです。
「隣の隣の部屋には外国人が住んでいる」という河崎(ドルジ)の言葉に、2つ隣の部屋の住人を外国人だと思い込んでいた椎名。
隣の隣とは、隣の、そしてそれの反対の隣、すなわち自分のことを指していたことに気づかされ、椎名が呆気にとられるシーンは読んでいるこちらも呆気にとられました。
じゃあ本当の河崎は?琴美はどうなっているの?なんで河崎のフリをしたの?と次から次へと疑問が溢れ出てきます。
残念なことに河崎も琴美も亡くなってしまっていて、1人取り残されていたドルジ。
「琴美も河崎もいなくなって、すごく悲しかった。死んでも、生まれ変わるだけだから、悲しくないはずなんだけど」というドルジの言葉が胸を打ちます。
過去の3人の、ちょっと変わっているけれどどこかほのぼのしていた関係性が思い出されて切なくなりました。

実は主人公は物語に途中参加

主人公は現在の椎名ですが、実際は「現在は過去の物語の続き」というニュアンスが強いと感じました。
まず琴美とドルジと河崎という3人がいて、琴美と河崎が亡くなってしまった後河崎(ドルジ)が3人の物語に決着をつけようとします。
そんなタイミングで椎名が現れたのです。
物語の一部始終を見ていた麗子は、椎名が河崎(ドルジ)の正体に気づく直前、「君は、彼らの物語に飛び入り参加している」と言いました。
主人公が主役ではない、というこの作品の特徴をまさに言い表しているようなセリフ。
言葉のチョイスや言い回しにセンスを感じます。
本当の物語の主役は過去にいて、主人公はその終盤に飛び入り参加していた、というのは斬新。
基本的に主人公と主役は同義ですが、この作品は少し違った目線での主人公を楽しむことができました。

タイトルの意味とボブ・ディラン

この作品のタイトルは「アヒルと鴨のコインロッカー」ですが、名前を聞いただけではピンときません。
物語を最後まで読んだところでやっとその意味が分かりましたが、その言葉のチョイスと込められた意味に感動を覚えました。
まだ日本語が上手でなかった頃のドルジが、アヒルと鴨の違いを聞いたときのことです。
「アヒルは外国から来たやつで、鴨はもとから日本にいるやつ」と答えた琴美に対し、ドルジは「もしそうなら、僕と琴美は、アヒルと鴨だけど」と答えるやり取り。
よく似ているけど実際は全然違うアヒルと鴨の違いを、ブータン人と日本人にも置き換えることができる、という例えになるほどなあと思わされます。
そして、物語のラストシーン、「神様を閉じ込めに行かないか?」と河崎(ドルジ)は椎名に持ちかけます。
河崎が神様の声だと形容したボブ・ディランの歌声と、生前「神様には見て見ぬふりをしてもらおうよ。神様を閉じ込めてさ、なかったことにすればいい」と言った琴美。
2人が残した言葉を覚えている河崎(ドルジ)は、ボブ・ディランを神様だと考えコインロッカーに神様を閉じ込めます。
自分の行ったことに対して具体的にどう思っているのか物語中では不明ですが、ボブ・ディランの歌声をコインロッカーに閉じ込めるという、ブータン人の得意な代用品で誤魔化す行為はユーモアを交えつつも切なくもありました。

人にはそれぞれ物語がある

「僕は、自分こそが主人公で、今こうして生活している「現在」こそが世界の真ん中だと思い込んでいた。けれど、正確には違うかもしれない。河崎たちが体験した「二年前」こそが正式な物語なのだ。主役は僕ではなくて、彼ら3人だ。」
過去の3人の物語の全貌を知った後、椎名はこんな風に感じました。
これって誰にでも当てはまる瞬間があるのでは、と思います。
誰しも自分の物語を生きていますが、その中で様々な人の物語と交差しているもの。
人にはそれぞれ物語があり、いつどんなタイミングでその物語を関わることになるか分かりません。
常に自分が主役とは限らないし、誰かの物語には一生登場しないかもしれない。
人には人の、自分には自分の物語があるものだ、と切なくも感じさせてくれました。

タイトルから感じられる可愛らしさと「一緒に本屋を襲わないか」という謳い文句から、エンタメ要素の強い話かと思いきや、実際は人間味にあふれ切なさが散りばめられていました。
冒頭からその後の展開が気になってしょうがない、一度読み始めたら一気に読みたくなる作品です。